話題の金融庁報告書の「老後不足金2000万」について思うことです。
色んな意味で今さら感はあるのですけど、「2000万とは随分低く見積もってきたわね」という印象です。
目 次
みんなが予想していたこと:さらに不足額は拡大する
日本の人口分布と平均寿命から考えると、現在の年金制度はいずれ破綻、とまでは言わなくても大きく受給額が縮小することはみんなが予想していたことではないでしょうか。
予想した上で個人としてここまでどのような準備をしていたかによって、「老後不足金2000万」ニュースの受け留め方は違うと思います。
あの報告書は現在の厚生年金を基準にしているので、国民年金だと不足分はざっくり 5000万 くらいになるのではないでしょうか。
今後は世代に応じて年金の受給開始が徐々に先延ばしされ、受給額も徐々に縮小されるでしょう。厚生年金と国民年金の一元化という話もそのうち出てくるかもしれませんよ。
受給額が縮小すればさらに老後不足金は拡大するということです。
老後不足金が 2000万 で足りるとはとても思えません。
「不足分は個人の投資で補填」はまとまな考え方
あの報告書を作成した金融庁の委員メンバーを見ると、学者のほかは金融・証券関係者が多く、商売絡みの結論先にありきのようで少々胡散くさいのだけど、報告書の意図は要するに「不足分は個人の投資で補填」ということで、行き着くところ企業に不足分を補填してくださいということです。
「不足分は個人の投資で補填」は現状ではまとまな考え方だとわたしは思います。
でなければ、他にどのような対案があるというの?
リベラル左派層は大企業の法人税やお金持ちの累進課税を当てにする安易な考え方をいつも持ち出しますが、累進課税はありとしても、法人税増税では日本丸そのものが沈没するだけでまったくもってナンセンスな話と思います。
そんなことをしたら海外からの投資はますます日本に向かわないし、大企業やお金持ちの資産も海外に逃げてしまいます。
年金や老後不足金どころの話ではなくなります。
ごちゃごちゃ文句ばかり言わず何をすべきかを考える
今さら国や役所に文句を言っても現実が変わるわけではありません。
そもそも青春時代を戦争で奪われた人たちと同等の年金を得ようとする国民側の甘えた考えも、突き詰めれば年金を破綻に招いた原因のひとつだと思うのです。
ここまで来てしまったのですから、ごちゃごちゃ文句ばかり言わず今から何をすべきかを考えることだと思います。
- もし、月5万=年60万を配当利回り3%で今すぐ得ようとしたら
やっぱり2000万の投資をしなければいけません。
ここでもマジックのように"2000万"という数字が出てくるけど、結局現状の厚生年金、生活価値観ではこの数字に辿り着くということなのでしょう。年金受給まで猶予があれば、期待できる平均増配分、原資は2000万より少なく済むかもしれません。 - もし、今すぐ原資1000万で済まそうとするなら
さらに利回りの高い(リスクも高い)石油株とかたばこ株などに投資しなければいけません。
老後の生活のためには今すぐエコ活動も嫌煙運動もやめた方がいいかもしれません。
変な話、化石燃料やたばこが蔓延する世の中なら平均寿命が下がり、年金受給が改善するかもしれませんね。 - もし、もっと少ない原資で得ようとするなら
さらにリスクの高い投資をしなければいけません。 - もし、投資は嫌だ、出来ない、いつまでも国や役所の責任を訴え続けるだけなら
貧しい老後を受け入れなくてはいけません。
昭和30年代の生活に戻るなら十分可能で、それも選択のひとつです。 - もし、・・・
- もし、・・・
(投資は自己責任で)
何事も何かを得るためには何かを犠牲にするか、相当のリスクをとらなければいけないということだと思います。
犠牲も拒否しリスクもとらずに、あれもこれもとすべての理想を叶えてくれる論理も魔法も、この世の中には存在しないです。
存在する手段があると考えるのであれば、自ら国政に出て努力すべきだと思います。
💬 ベーシックインカムの導入、三世代同居の義務化(家長制度の復活)、高齢者コロニーなどいろんな将来案もあるけど、権利と自由と平等ばかりを主張し義務と責任を後回しする今の日本人の価値観では難しいかもしれないですね。
明治維新や戦後日本の先行き不安から見れば可愛いもの
わたしは不確実な年金は当てにせず、もうゼロも覚悟の意識で前を見たいと思います。
少しでも年金が貰えるなら、それはラッキーなことと思える方がいいです。
年金を生活ベースにしないで生きていく方法を考えなくてはいけない時代だと思います。
お金のことだけではなく、生活にしても仕事にしても従来の価値観とは180度考え方を変えなければ、人生設計も出来ない時代に突入しているのではないでしょうか。
でもね、明治維新とか戦後日本とか、あの時代の人たちの方がはるかに先行きが見えず不安だったはずです。
わたしたちが今対峙する価値観の変化、自己責任の範囲などは可愛いものだと思いませんか。
というわけで、誰にでも予想できたことなのに「そんなこと知らなかった」と批判ばかり言う人こそずるいと思う。。。
Danke schön und Auf Wiedersehen / Thanks and See you
0 件のコメント:
コメントを投稿